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北川えり

北川えりの自転車コラム
タイヤがあればどこまでも

乗り物マニアの略歴

昔の教官時代のプリント写真を
デジカメで撮るという裏技をしてみました

昔の教官時代のプリント写真を
デジカメで撮るという裏技をしてみました

現在、タレント・女優としての活動を生業(なりわい)としている私ですが、タイヤのある乗り物を抜きには、今の人生もなかったであろうと思われるほど、タイヤが人生の伴走者の役割をしています。

なにしろ、学校を卒業してからの就職先が自動車学校ですから。
それも、インストラクターでの採用です。当時は女性教官も珍しかったのですが、手に職をつけたいと本気で思っていた私は、もうタイヤ転がしのエキスパートになるしかないと割り切り、就職してからは怒涛のごとく、大型自動車や大型二輪、大型特殊自動車(ブルドーザーなど)、けん引(トレーラー)、それから大型自動車二種(バス)などの免許を取得しました。
ちょっとマニア入っていますよね!?

その後、ひょんなきっかけから芸能界に入ることになったのですが、その際も、元自動車教習所教官の肩書きが大いに役立ちました。テレビの番組でも、タレントの方々などに車の運転を指導するような仕事も多く、タレント生活のスタートは随分と、この女性教官という職歴が役に立ちました。

自転車はただの移動手段  ハプニングの連続だった学生時代

こんな経歴を披露すると、本当に運動神経万能のアスリートのようなイメージを皆さんに持ってもらえるのですが、実はそれほど私とタイヤとの関係は良好ではなかったのです。
なにしろ、幼少の頃、初めて乗った歩行器では、勝手口から逆さま落ち。額を数針縫いました。

そして、自転車に乗り始めてもハプニングの連続です。静岡の田舎育ちの私にとって自転車とは、"ただの交通手段"。ただ、"自分の力で行ける範囲が広がる"という嬉しさから、山の上まで行き、川の上流で泳いでから、帰りはノンブレーキで帰ってくる。
そんなことをよくやっていましたが、その際に友達と喋りながら乗っていたら、道の端に止めてあったトラックに激突。高校生の時には自転車通学をしていましたが、銀杏の落ち葉で滑って、また横断歩道で滑って、転倒の連続でした。

アルバイトをして、念願かなって、ようやく買った"カマキリハンドル"(ご存知ですか?? 流行りましたよね〜)の3段ギア。あれでも車と衝突してしまいました。速度もそれほど出ていなかったので、"ポヨンッ"と弾んだくらいで大したことなく済みましたが・・・。思い出すと、本当に次々と自転車でのずっこけエピソードが出てきます。

そんな私も、車に乗るようになると、自転車に乗る機会はめっきりなくなってしまいました。

スポーツとしての自転車との再開!動機は不純?!

チームエレファントを結成。
富士スピードウェイも走っちゃいました!

チームエレファントを結成。
富士スピードウェイも走っちゃいました!

ところがある日、仕事でご一緒することの多かったレーサーの片山右京さんから、「自転車乗らない? 面白いよ!」とのお誘いを受けたのです。自転車と言えば、先に述べたように、それほど良い思い出ばかりではない私にとって、それほど魅力的なものではありませんでした。それに、レーサー出身の右京さんの誘いは、ちょっと本格的な感じがして、気軽な返事もできず、何度もお断りしていたのです。

そんな私が落ちた言葉は、実に簡単なものでした。右京さんが、
「早く走ったり、ガンガン練習したりしなくてもいいし、ちょっとやってごらん!痩せるよ!」
「えっ!!!本当に痩せるんですか??? じゃ、やります。でも一人じゃ心細いから友達を誘って一緒にやります」

2006年1月のことでした。もともと、食べることが大好きで、旅が好きな私です。そこで自転車に乗ればカロリー消費もできて、旅先でも楽しみが増える。バッチリじゃないですか。これは乗らない手はないと考えたわけです。
実際に、三十路を過ぎてからちょっと脂肪が気になり始めていた私が、乗り始めて間もなく3キロも痩せました。特に太っていたわけではないのに3キロも痩せるなんて。これも自転車に乗り続けるモチベーションにもなりました。

この時に、女性の友人を中心に仲間を誘って結成したのが、女性だけの自転車チーム、『チームエレファント』です。現在は、このメンバーと自転車の関連する、あらゆるイベントに参加し、一緒に汗を流して交流を深めています。次回は、このチームの活動や、メンバーとの触れ合いについても順々にご紹介させてもらいます。

自転車で汗を流す北川えりさん

CHECK!!

新着情報

1月26日発売の雑誌 BICYCLE NAVIに北川えりが登場していますので、ぜひご覧くださいね!

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