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2008.3.19 NEW!

vol.9 フライング・ゴラン!!

08年シーズンがいよいよ始まった。

ツアー・オブ・ニュージーランドでオリビアと。
第2ステージではオリビアのアシストもあって
3位の表彰台に上った

オリビアの母国オーストラリアで行われた
ワールドカップ第1戦。
チームメートがオリビアの功績をたたえた

女子ロードの選手会長を務めたオリビアには
学ぶところがいっぱいあった。
なんでも話せる親友だった。

ちょっとだけ私よりも早く
引退していったオリビア。「ありがとう、リヴ!」

■ 今後の参戦予定
  • 3月16日シルキュイ・ヘットフォルク(ベルギー)
  • 3月24日ワールドカップ第2戦アルフレド・ビンダ杯(イタリア)
  • 3月29日ジロ・デル・モンテスキュダイオリパルベッラ(イタリア)
  • 3月30日ジロ・デル・カステリーナ(イタリア)
  • 4月16日アジア選手権・エリート女子ロード(奈良県)
  • 5月31日全日本選手権ロード(広島県)

今年のお正月に、チームメイトであり親友でもあるオリビア・ゴランから電話が来た。
「大事な話があるんだよね」と、いつもと違う重たい口調で、「なんの話だろう??」と思った瞬間、彼女は春先に開催されるニュージーランドでのレースを最後に選手をやめることにした、とうちあけてくれた。
その声を聞いて私は、理由を聞かなくてもすべてを理解することができた。
彼女に相当の覚悟があるということを…。

そのときのオリビアは私に、「理解してくれてありがとう」とそれだけを言ったのですが、その後、私はいろいろ考えさせられました。

GO! GO! GOLLAN!

オーストラリア人のオリビアはもともと教師をしていた。
運動はほとんどしていなかったそうだが、友達の誘いでトライアスロンのレースに参加してみたのがきっかけ。
想像以上に過酷なものと思っていたら、そうでもなかったようだ。
オリビアのレースを見た人が、「ロードレースをやってみないか?」と誘ってくれ、軽い気持ちで始めたのがきっかけだったそうだ。

そして02年になるとオーストラリアナショナルチームのメンバーに選ばれ、ヨーロッパでのレース活動を開始。03年にはほとんどのレースで表彰台に上るような活躍をした。ちょうどそのころから私はオリビアと少し会話したりするようになっていった。

その当時、オリビアは「毎日の生活が楽しい。レースも何も考えないで、面白いくらい簡単に表彰台に立てた」と言ってました。
そしていつも笑顔を絶やさない彼女はみんなからの人気者になっていき、女子選手会長まで務め、さらにアテネオリンピックではアシストとしての仕事を果たしてオーストラリアから優勝者を出したのです。

04年のシーズンが終わり、オーストラリアに帰ってシーズンオフを過ごしている最中、同乗していた車が事故を起こしてしまい、2カ月の入院生活から解放されても、なかなか調子があがらなかった。ずっと悩みながらも練習を積み重ね、何度か優勝したりしていました。

そんな中、06年から彼女とはチームメイトになり、いろいろ助け合い、笑ったり泣いたり、ともにしてきました。
私が監督からきつく怒られた後に、「大丈夫だから頑張ろう」と励ましてくれたり。
そして練習ではライバルとなり、どんどんペースが上がって、とてもいい練習ができていました。

そして今シーズンの開幕に合わせて、オーストラリア・メルボルン空港で私たちが再会した時には、またいつもの笑顔でした。
レースが始まり、あまり追い込んだ練習はもうしていないと言っていた彼女でしたが、仕事もしっかりやってくれてました。
ワールドカップ表彰式終了後にはオーストラリアの選手が中心になってステージでオリビアにありがとうのセレモニーを行いました。私もステージの下にいましたが涙が出そうになりました。

でも彼女はとてもいい顔してました!!

Ciao Ciao Liv!!!

彼女の最終レースとなったのがツアー・オブ・ニュージーランドです。ウエリントンに到着したときは予想以上の暖かさでした(風は常に強かったですが)。
レースはハードなステージが多く、いつものオリビアなら余裕で走れるレースも山岳のステージでは苦しそうで、競技をするようになってから初めて途中で自転車から降りたかったと後で教えてくれましたが、レース中は笑顔で、しかも私のために風除けになってくれたり、前に連れて行ってくれたり。
彼女のアシストがなければ私の結果もよくなかっただろうというほどの活躍でした。

最終ステージのクリテリウムのレース前、アナウンサーに促されて前に出たオリビアは、「みんなありがとう!」と言ってレースをスタートしました。
私と同じ集団でゴールしてレースは無事に終わりました。彼女はすぐに私のところに来て、「ありがとう、美穂」と言ってくれました。
こうして彼女の選手生活が終わりました。

誰にだって、引退する日が来ます。
彼女は私よりちょっとだけ早く選手生活にピリオドを打ちましたが、最後に私は快く彼女を送り出せたと思います。

北京五輪の代表選手選考方法が発表された。
女子ロードは国際ランキング、アジア選手権と全日本選手権の結果を総合して選考される。
沖はアジア選手権の代表となり、3度目の五輪出場は濃厚。
集大成と位置づける北京でどんな戦いをするのか、みんなで応援しよう。

(編集部)

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