■ 2007.06.21
vol.4「メーター依存症」
数字があるから納得する?

私がパーソナルトレーナーをしている中で、1人の著述家がいらっしゃる。さすがに頭の良さと知識は素晴らしいものがあり、一緒に走っていると勉強になることが多いのだが、走り終わると半分以上忘れているのが残念だ…。どうして走っている時はあんなに頭がさえているのに、終わると普通の思考回路に戻ってしまうのだろう。こうなったら走りながら原稿書いたり、Mailしたりするしかない!?
さて、この人が走る前に気にするのが心拍計と連動した「フットポット」。足にこれを装着させれば、GPS機能で走っているスピードや距離が測れるというもの。確かに素晴らしいマシンではあるのだが、取り扱いがちょっと面倒だし、データに左右されるのが好きではないので私はすぐに辞めてしまった。
でも、この人はこれで練習日記をつけているらしく、これで距離が分からないと納得しない。先日もなかなか設定がうまくいかず、測定機能がスタートしない。後の予定があるのでやきもきしているのだが、これが出ないと走っても意味がないくらいの勢い。結局その日は機能せず、練習も短縮バージョンで行うことになってしまった。こうなると、機械が便利なのか、不便なのか分からない。
そんな懐疑的な意見を言っている私も、自転車においてはメーター崇拝派だ。まず走り始めにリセットして、その日、走った距離が正確にわからないとすっきりしない。練習日記に、走った距離と時間を書き込み、その積算を楽しみにしたりして〜。なので、メーターが途中で出なくなったりすると、気になって立ち止まり、リカバリーを試みる。だいたい、センサーのずれか、メーターの接触不良だったりという原始的なトラブルなので何とかなるが、それでも分からない時は練習のモチベーションが半減。こんなことくらいで情けないのだが、動いてくれるはずのものが動いてくれないとがっかりだ。
感覚を頼りに走ってみようかな。

5月に行われたホノルルトライアスロンでも時計はなし!?
初めてロードレーサーに乗り、自転車にメーターがつけたときの喜びは忘れなれない。速く走ると速度メーターがデジタルで動き、距離が積算されていく。子供の頃にお金持ちの子供の自転車にしかついていなかったスペシャルなパーツを手にした優越感。確実にこの部品だけで乗り続ける気持ちを盛り上げてくれたものだ。結局、その喜びは今でも続いているのかもしれない…。今では、スピードメーターの他に、心拍計なども付けてすっかりメーターに振り回されている状況。これでは前出の著述家と変わらない!? 偉そうに言えたものではないというのをあらためて気付いたりして。
でも、基本的に感覚で走ることが好きな私は、レースでは時計をしない主義。短いトライアスロンであろうと、アイアンマンのような長いレースであろうと時計は腕にない。それに振り回されずに、あくまでも感覚に忠実に走りたいのだ。もちろんこの感覚で失敗したことも成功したこともあるが、この10年間に時計をすることはなかった。
まあ、もともと身体に装飾品を含めて装着するのが嫌いな方なので、時計でさえも疎ましく思うんだよね。そのクセか、今でもランニングは時計なしですることが多い。あの時間に追い回されていない感覚が好きなのだ。ということは自転車でもそれって成り立つはず。明日はメーターをはずしてみるかな…。いや、練習日記にはなんて書くべきか〜。
メーター依存症から簡単に抜け出せない日々は続くのである。

